ヒット屋という看板を掲げるにあたり、いささかの逡巡をも感じぬと言えば、嘘を吐くことになる。
時代は令和へと移り、各種メディアにおいて【激動の時代】という言葉を目にする機会が減った。
それは世間が激動を脱し、安寧を得たからではない。
言うまでもなく社会情勢は幾何級数的に激しさの度合いを増している。
その中で激動の時代という言葉が消えた。
それは、つまり激動の時代が、体感的な時代の空気となったことで、修辞としての激動の時代を駆逐したと言えるのではないだろうか。
それは令和の時代に生きる我々が、激動という言葉を使用できぬほどの、歴史に残る大変革の時期に生きていることの証左ではあるまいか。
そのような社会状況の中ヒット屋の看板を掲げる。
何をもってヒット屋を標榜するのか。
我々は資本主義社会の中で経済活動を行っており、ヒット屋は経済社会という巨大な生命体の微細なる細胞の一つであるに過ぎない。
カール・マルクスは社会において下部構造が上部構造を規定すると見事に看破した。
マルクスの思想を全面的に受諾・支持するものではないが、要するにマルクスは「人間はメシを食わねばいけない」という自明性に対して正面からそれを論じた。
背に腹は代えられぬという訳である。
様々なる激流が渦巻く令和という時代の、社会の下部構造たる経済への貢献。
それがヒット屋としての最大の社会に対する貢献であり、社会に対する参画である。
経済活動とはおおよそ優勝劣敗である。勝者となった企業は発展し、下部構造を支え、その発展は新たなる交換(経済活動)を生み、それが経済の発展へとつながる。
ヒット屋とは、その経済発展のプロセスに関与し貢献する存在である。
いささか卑近な表現をお許しいただきたいが、ヒット屋とはヒット商品を生み出すことで、お金が儲かり、経済が発展して、個人と社会が豊かになることを実現する存在である。
ヒット屋は自らをこのように規定している「経営課題の80%はヒット商品が解決すると素朴に信じている」
つまり経営課題を解決するのはヒット商品であり、ヒット屋はそれを実現する存在であると。
冒頭で述べた逡巡とは、自らヒット商品を生み出せますよと臆面もなく言葉にすることが憚られるという感情に他ならない。
我々は単なる勘違い集団ではないのか。
ヒット屋はヒット屋であることを自ら「素朴に信じている」と口にするとき、それは逆説であり、反語であり、時として自虐であろう。
大勢の事実として物事はそれほど素朴ではない。容易に信じられるものではない。
それが現実社会のおおよその理である。
そのような世情の現実を知りつつ、あえて素朴に信じる。
馬鹿者のような純情者である。
その馬鹿者さ加減だけがヒット屋をして、勘違い集団へ堕することを防ぐ唯一の方策である。
言うまでもなく、ヒット屋はヒットを生み出さねばヒット屋ではない。
平家物語風に言えば、ヒットを生まずんばヒット屋に非ず、である。
同時に、奢るヒット屋は久しからず、でもある。
ヒット屋は如何にしてヒット商品を生むのか。
ヒット商品の源泉は、アイデアだと考えている。
修辞としての激動期が終焉を迎え、空気としての激動期を前提とする、この令和の時代。
企業競争の優勝劣敗はアイデアの有無にて決すると考えている。
昨日までの成功要因が一晩にして陳腐化し無力化する時代。
いかに大胆かつ本質的かつ革新的であるか、世の感性を読み解いた者だけが有するオリジナルな解析情報に基づくアイデアとそこから生まれるヒット商品。
優れたアイデアに基づくヒット商品は時代を切り拓き、場を作る。
それは経済発展の最も正しい形とも言えよう。
アイデアがあり、それが化体した商品があり、それを流通させるべく既存の経営資源が活用され、市中に普及していく。
これをヒット商品が生まれるプロセスだとしたときに、経験則から言えることは、最も足りないのはアイデアである。
アイデアが足りずヒットが生まれない。
どこかの球団よろしく、ヒット欠乏症と言って差し支えない。
ヒット屋にはありがたいことにアイデアだけはある。
それを駆使して、ヒット商品を開発し、クライアント企業の発展と、ひいては日本経済の発展に微力ながら貢献することができたならば望外の喜びである。